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映画「桐島、部活やめるってよ」 感想

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基本的に実写邦画って劇場で見ないんですが、Twitterでチラチラ賛美の声が上がってるのを見て、こりゃ見てみましょうかってことです。相変わらずネタバレ当然でいきます。

wikiから引っ張ってきたあらすじですと

男子バレーボール部のキャプテンだった桐島が部活をやめることをきっかけに、同級生5人の日常に些細な変化が起こる。

 

以下感想。

一応原作は既読なのだが、2年前でしてほとんど覚えてない。覚えていることは、桐島本人は出てこねーえーということだけです。

見ている最中は、まぁーラスト前まで大きな盛り上がりもなく退屈な映画だなぁという印象でした。なんど足組み替えたり体勢変えて見ていたか。目を引く劇的な出来事がないので、前のめりなんてなりゃしませんでした。いやいや桐島辞めるってことがーってツッコミはありますけど。

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ほとんどの人が触れるであろうスクールカースト制ですが、こいつは俺だ!ってのを見つけて語るのが一番いいのかなぁ。好きなものがあり、好きなものが同じもので集まり周りから下に見られている自分やら、リア充な自分やら、リア充にあわしている自分やらですかね。

見終わった感想としては、どこにも俺はいねー。映ってねー。焦点合わされてないモブが我々(このブログを読んでいるあなたも勝手にいれこむ)にしかならねーでしょ。

 

現状の自分の立ち位置だとアニオタなので映画部の人達に属されるのだろうけど、高校時代の自分を振り返ると映ってない人達にしか当てはまらない。休憩時間机につっぷしているような種族を馬鹿にはするが、セックスや彼女のこと話したり運動神経抜群(その集団で上位3%ぐらい)の人達を羨む人が自分だ。

だから、高校時代の視点で見るとプラミッドの一番上と一番下から取り出されたキャラ達に感情移入しづらいが、あーあーそうだよねーそういうことあるよねーと会話や出来事には納得するものばかりであった。

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放課後の教室で複数人で話していて端っこにぼっちでいるあの空間や、話聞かれてんじゃね?と話してる最中、ふとぼっちの存在に気づくってこと。あるよあるよそれ。んで、話聞かれてんじゃね?という発言も本人に聞こえてるんだろうよ。それに席外したら完全にどっか行くのを確認もせず、ぼっちのことディスって誰かがまだ完全に離れてないから聞こえてるってーって会話はさみ、いや聞こえてねーしょて返すのもあるよあるんだよそれ。

桐島の不在とラスト前という特質な点を除き、劇的な出来事を入れることをしない物語のせいでリアルすぎだよなぁという思い。会話一つ一つも、セリフって感じがしない。最近の子から出る言葉だって伝わるよ。よく映像上で出る高校生のリア充って、授業中やHRで先生の発言にツッコミいれてるって表現が目につく。そういうのなくてホント良かった。

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(この後、映画とはあまり関係ないこと語っているので、次の画像が来るまで飛ばしてもいいんじゃね) 

映画部のやつでいうと、神木君の横にいたあいつ。良かったよー。もうキャラが終始、いるいるwwwそいつwwであるあるネタの感想にしかならないのだが、本人の前では言わないけどリア充どもを馬鹿にするってやつね。

あの時期ってのは、頭がいいより運動神経がいい、面白い、カッコイイが上なんですね。日陰にいる自分を肯定するためには相手を否定するぐらいしか方法が手っ取り早いんですよ。映画部の子でいうと、運動が出来たって将来なんの役にも立たない。こう考えればいくらだって上の人達を否定出来る。オリンピックいけるわけでも、会社で体育があるわけでもない。

じゃあ、自分達は?ってことは目を向けない。自分がアニオタでネット入り浸りだし社会の下の方だと理解しているとわかる。例えば、リアル店舗よりネットで安く物を仕入れたり、スマホ、PCの扱いだったりテレビが報道しないネットの真実()とかに詳しくなる人達がいる。で、リア充はそういう知識がないから馬鹿にする。

それは、リア充が游んでいる合間に費やした自分のリア充が得られない知識を肯定したいからなんだと思う。合コンやらレジャーに複数人で遊び行ったり飲み会に行ったり出来無い自分を肯定するためには相手方を馬鹿にして否定するしかないんですよ。

でも実際、得られた知識でリア充と比較しても年収面で大幅な差もないし、何せ彼らは知らない情報自体はないことになっているのだから損してるなんてこともなかったことになっているのだ。

 

あー悲しい!悔しい!そんな事実に目を向けたくない!Facebookなんて、飲み会やら子供やら楽しい自分、見られたい自分しか出してないくせにツマンネー!それの何が楽しいの!自分知ってほしい病うぜーーー!って馬鹿にしてるのも羨ましくて仕方ないけど馬鹿にさえしてれば、それが出来無い自分ってことに目を向けなくていいじゃないか!

ハイパー映画と関係ない脱線しまくりですし何か日頃の言いたいこと言ったったでーでスッキリしたんで後は適当に流していきます

 

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神木君が映画館でばったり出くわして、おっ!俺のこと覚えてくれてた!もしかして・・・ってなってノボセてる後に、実は彼氏いましたー展開は素晴らしかった。この黒髪美少女って所に童貞マインドを惹きつけるズルさ。彼氏がいるのを周りに知らせてないのがまたいいよね。この映画一番の残酷な部分って感じ。そうなると、ゾンビに食わせるしかないよねー。

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後は、桐島とは何だったのか問題ですかね。正直よくわからない。原作も覚えてないし答えでてないんすよ。ここと、終盤の解釈って人によって色々別れると思う。

とりあえず、野球部を辞めた子と桐島が辞めた理由は、何やっても出来る自分がいたが打ち込みたい分野に自分より上の存在がいることに嫌になって辞めたんじゃないかなぁと思う。何やっても出来る自分は天才だと思い込んでるが、ホンモノの天才を知った時にモチベーションが保てなかったからじゃないかなぁと思う。というのも、神木君が自分は映画監督になれないことを知っていたから所から。

その分野の全体像を知り上には上がいることに気づくとやるせないんじゃないかね。でも好きなことと繋がりたい。そんなんかなぁーと。

あとあとー、屋上のシーン入った辺りの第一印象は吹奏楽部がBGMの役割して8mm回す神木君が監督で、どうや!お前ら小規模な所でしか光があたらない体育会系を映像化してみんなに見せて、BGMで盛り上げて、お前らを面白くしてやっているのは俺ら文化系なんやでええ!!どやどや!!他の人達にお前らみたいなもんを伝えるのは、結局俺ら文化系のちからが必要なんや!面白くしてやってるんや!って感じがしました。

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最後に、全体としてそんなに良かったか?という感想で今は落ち着いている。見る前は絶賛されてるしスゴイんだろう、わかりやすいだろうと思いだったがイマイチ消化不良だ。自分が分からないんだけど映画通の人にはわかる素晴らしさがあるんだろうと思っていた。

実は、この感想書くのもかなり憚られた。というのもみんな(この場合のみんなは大衆ではなく、映画好きのみんなだ)が絶賛しているもの、頭いい著名人が絶賛や評論していると自分の教養のなさや評論ができないことを知っていると、その人達以上のものはこの頭から出てこないし面白みもないと思っていたからだ。

映画は好きだが、たくさんの映画を見ているわけではない。一般人からしたらけっこう映画見てるねと評価されるだろう。ただ、自称映画が趣味ですなんて言えやしない。自分をどこと比較して、言えるかって難しい。Twitterで映画好きをフォローしていると知識量が違いすぎてとてもじゃないけど映画が趣味ですなんて言えない。

ただ興行収入上位の映画やテレビでやる映画しか見ない層からしたら、詳しいねなんて言われたりするのだ。自分の好きなものの上の層を知っていればいるほど、それが趣味ですって名乗るのが恥ずかしくなってくる。

感想書くにあたり、ちょこちょこ他の人の感想見ると消化不良のよく掴めない霧の状態だったのが形付けられていく自分の感想にホッとするようでもあり、他の人の感想から無難な感想、自分なりの切り口というものを探す後出しジャンケンな自分がいたのを発見し嫌になる。

周りの評価が気になって仕方ないのだろうか。みんな(大衆)が褒めているのは疑って見て、みんな(映画好き、自分より上の知識量でその人達は信頼できると思い込んでいる)が褒めているものはとりあえず自分も褒めなければならない。

 

あーまだまだっすねー