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割高な写真

単に通りがかりで見ただけという話なのだが、近くの100均には証明写真機があり普通の証明写真機よりは安い設定になっている。

500円とかかな。普通は700とか800円だったと思う。

そこに若い男性(大学生ぐらい)3人が証明写真機に集まっていた。

もしかしてプリクラみたいにみんなで撮ろうとしていたのではないか。複数で撮れて思い出にできる、かつ履歴書用に!

なんて世の中だと楽ですね。

男が複数写って真顔で正面見てる証明写真というのも面白いと思うのだけれど

映画「言の葉の庭」 感想 

新海誠の作品は、前作の星を追う子ども以外は見ている。胸がキュンキュンしちゃう作品が多いという印象と、絵がすごく綺麗っていう印象が強い。

 

今回はキャラデザに違和感がなかったので早めに見た。感想はネタバレ全開でございます。あしからず

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序盤は雨だというのにホンモノっぽいし何て綺麗な映像って思いと、ホンモノっぽいからひねくれてみるここまで現実の世界は美しくないっていう思いが映像を見た感想である。

だから、汚い部分、悪意とか嫌なやつとか欲しいなと思ってた所にユキノさんは嫌がらせをされ学校にいけなくなったっていう裏がわかり、けっこうわかりやすい嫌なやつってのが出てきた。(嫌がらせをしていた生徒たちね)

だけどなーんかイマイチだなぁと思った。そしてクライマックスの階段もイマイチ乗れなくて何だったんだこの作品は・・・というのが第一印象であった。

感想を書くにあたりクライマックスの消化不良は何でイマイチだと感じたのか考えると、自分のお望み通りの汚い部分だとかわかってきたのでいい作品だとおもいまつ

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まず、絵は美しいけど現実はそんなに美しくないと思ったのは、ホンモノっぽい映像、絵から比較するのは現実の風景なのに、現実の人間関係とか人間の汚い所とかと比較してしまったからだと思う。

後々気づいたが汚いと思える人間は、前述の嫌がらせをしていた生徒ではなく主人公タカオの兄や母親、ユキノさんやユキノさんの元彼だとかだ。大人汚いって!

本作における大人達の共通する所は、言葉で伝えないこと。言葉にしないけど知っていることわかること。色々経験して知識もあるから、わかってしまう。

兄は彼女に靴作ってくれないかの一言に、どうかな。10代の目標なんて。と流す。視聴者も成人を過ぎればわかる言葉であろう。諦めたり興味や目標が変わることが多い。だけれど、それをタカオ本人には言わない。本当は目標は変わるであろうと知ってるくせに、タカオが家で靴作りの作業を後ろで見ても何も言わなかった。(嘘でも)頑張れとか、(どうせ目標が変わるから)勉強しろよもだ。

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母親における言葉にしない。っていうのは設定だ。

父親がいないというのは、自分も彼氏のところに行くという発言からわかるが、では父親は死んだのか、離婚なのか。別居なのか。亡くなっているなら写真だとか映すだろうけど、なかったと思う。兄の苦労してないから若く見えるという発言があるが、何してる人なのかわかんないんだよなぁ。息子の靴作りについてどう思っているかも、きっかけがあなたへ送ったハイヒールだろうとことについても。

物凄く勘ぐってみれば、ハイヒール渡す回想シーンで兄とタカオの身長差がデカイ。兄はオフクロと呼ぶが、タカオはあの人と呼ぶ。家出した手紙は、お兄ちゃん&タカオへと書いてある。なーんか物凄く勘ぐっちゃうよね。

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ユキノさんの元彼との関係は、映像で説明された。いいよねこういうの。言葉では言わない。

言って教えてくれるのは、「別れた後も面倒かけてゴメンネ」というユキノさんのセリフだけ。ここでは、元彼の電話かけている場所はベランダからだが聞かれたくないからかも。もしくはタバコを吸っているから、部屋では吸えないかも。というか、部屋に人影がある。しかも女性っぽいぞ。不倫か?・・・電話を切って、ユキノの携帯画面が映るが一度ユキノから電話をかけている履歴があり、この電話は折り返し男から電話をかけてきている。最初の電話には妻か彼女がいるから出れなくて、合間を見つけたのだろう。表示の名前に先生もついてる。上には俺から伝えとくというセリフがあるように、ユキノさんも先生であろうことがわかる。

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んでユキノさんの言葉にしないけど教えてくれること

最初の出会いでユキノの目線がタカオの校章に目が言ってるし、以前に逢っているかもとと言って短歌っぽい古い言葉で残していくシーンで、もうタカオの学校の先生だって視聴者にはわかってたんですけどねー。

元彼との会話で味覚がチョコとビールにしか反応しないというセリフがあった。彼女の変化はあの公園で飲み物がビールからコーヒーに変わっているし終盤に映る部屋もビールはないし2人でコーヒーを飲む。部屋も綺麗になっているし確実に変わっている。

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クライマックスにタカオはユキノさんに知っててそういうことするんだとブチ切れるわけですが。

ユキノさんは2つ知ってて言葉にはしなかった。タカオが何かに憧れていうというのと、誰かに憧れているということ。その2つが叶いっこないってことも。汚い、大人さすが汚い。

でも、タカオのそういうところに救われるんすよ。あー俺もこうだったなー憧れてたよなぁー、もうそういうのは叶いっこないって知ってるけど。純粋っぽいじゃないっすか。大人にこう思われてるんだろって察するぐらいには大人で。あの場所に行くには雨が降っているという口実が必要ってのが男っぽくて。男って何かと理由、口実が必要ですよね。

言の葉の庭だから和歌で繋がった2人のようだけれど、俺には言葉にしないことと言葉にできたことで繋がった2人だとおもいましーたー

いい作品だけど大人汚くて嫌いって言いたいが、タカオに救われるのでムカつくんですよね。

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後、駄文。

キャッチコピーに「愛(あい)よりも昔、孤悲(こい)のものがたり」とあったけれども、ユキノてんてーが古文の先生だから昔とかけてんのかなーとか、愛の前には悲しい孤独があるんやでぇとかかね。あんまキャッチコピーにやんややんや言っても無駄だけど

それと設定の一部が耳をすませばに見えてしまって、あっこれは秒速以来のハートクラッシャー&ため息の連続かと身構えてしまった。偶然に異性と出会う、兄弟が家を出て行く、「部屋が広くなって嬉しいだろ」って似たようなセリフあり、バイオリンじゃないが手を使う職人でありその職につきたいと思っている、っていう所がね。思えばあんま気にするほどのことはなかったのだけれど

 

 

 

 

 

髪の分け目

小中学校時代というものは、他人との差異があればあるほど嬉しくなった。

みんなとは違う自分、つまりは特別というものに惹かれていたものである。

それとともに、憧れの舞台芸能界に活躍している人との共通点を探していた。

芸能人=特別

芸能人との共通点があれば自分は特別なんじゃないかと。

ただ、何かを分析する頭も視点もないので、髪の分け目が自分と同じ、血液型が同じだったらそれはそれは嬉しいし俺は芸能人になれる才能を秘めているのはないかと思っていた。

 

自分の中の勝手な法則だけど、右から分けるの人って美人多い気がする。後、B型かO型

写真色々ググったけど、時たま分け目変える人ばかりでなんか不動の右左っていないもんなんですね。

 

でも右かわ分けるのってあまり親近感が沸かない。左から分ける人は、物凄い親近感が湧く。そういう所ばかり昔みてたので、もう頭で勝手に判断しているみたいである。

中学時代はGLAYが好きだったしHISASHIが好きだった。彼は左から分ける。

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一番右がヒサシね。TERUは昔から右から。たくろーも右から。これは真ん中だけど・・・

 

ずーと左から分けてるので、逆にすると違和感ないっすかねー。よく逆にできたりするなーと、やってる人見ると思います。

これほどオチが思いつかない記事は久々です。

 

 

 

 

部活動で初めて敬語を使いはじめたことを思い出して

今週のお題「部活動」

 

小学の高学年になったら一応クラブ活動というのはあったが上の学年にも下の学年にも敬語を使わずタメ語だった記憶がある。

そして中学になってクラブ活動を始めたら、敬語を使い始めた記憶もある。

小学の授業で、敬語を習う。ってことはなかったと思うんですよね。

では、どこで覚えたのだろうか。テレビ。夕方以降の小学生はゲームかテレビで夜を過ごす。

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ドラマやニュースなので普段使うことのない敬語を覚え、発した時は大人になった気分だったであろう。大人に憧れる年だったから。

考えるとテレビって必要だなぁと思うわけです。今はとっても面白くない受動的なツマンネー時間を過ごすものだって認識ではあるのですが。

テレビで社会というものを知っていた思う。小学生の将来の夢などを見ると、社会には君たちの知らない仕事がもっともっといーぱいあるよと思うけど社会に出てるわけない子どもたちの知っている世界ってものは、テレビに映る所だけだ。

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それと、本で写っている写真や新聞なんてイメージが残らないんですよね。当時はテレビで見たものは一度みただけで覚えていた。小学生なのでとりあえず面白いものはパクる。ごっつええ感じがダイスキで、日曜に一度見ただけで月曜にはその話をして同じくだりを何回もした。そして今になってもなんとなく覚えている。一度見ただけなのにね。

テレビで見た映像ってものは何故か覚えている。雑学をTwitterでみた、ネットで見た、新聞で見たってことより、テレビで見たんだけどさってことの方がよく聞く。

お題は部活動なのに、テレビの話にすべりこんだ夜でした。

 

タワーレコードに久々行った

一年近くぶりのブログ記事と共に、3,4年ぶりにCDを買った。

タワーレコードで!

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何を買ったかってのは、読む側としては興味ないでしょうし割愛。さらに、本記事も今更言うってあんた今まで何してたのと疑問出るでしょう。

たんに久々ブログ書きたいなと思ったので、古かろうが知りまてん。それとあくまで自分の変移なので皆が皆そうなったわけではなかろう。

 

さてさて、6年以上前は最低週1回はレコ屋にいっておりました。だが近年は年1回行くかどうかぐらいに落ちました。常に周りが知らないようなアーティストの発掘、流行の前に良作を探す。という考えのもと毎週行ってたのですが、近年そういった活動はYOUTUBEでなんとでもなります。あんま新規の人聞かないけど。とにもかくにもそこからネットレンタルかアイチューンでゴールに至ります。

十分満足なのです。

そして久々タワレコに行ったので、なんかいいのないかなぁと模索しようとしたのですが、すぐにそんな活動は終了しました。

試聴機が好きなジャンル1,2台ぐらいしかないのです。当然驚きませんでした。そりゃ知ってますから。ふと、際立っただけなのです。

 

ちょっと気になったアーティストというのも、店側がCDを面にしてジャケを見せているものか、そこにPOPでどんなやつらなのか紹介しているものか、試聴機。後は音楽雑誌が置いているので、もしかしたらそこで紹介されているもの。ぐらいなもんでしょう。

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置いているCDに対して、なんと出会いの少ない場。ジャケ買いなんて気軽に起こせる値段でもない。ここが決定的にもうレコ屋ダメだなって思えた。アマゾンやアイチューン、もしくはレンタルで出来るものをレコ屋で買う理由がないんですもん。買う手段が増えたとしても、ここでなけりゃ!!の価値がもうここにはない。

 

昔の僕にはそれが、試聴して色々な曲を知り、良い曲に出会えた場であったから、その場で買っていたのであった。

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そこに試聴できる手段が増えた。YOUTUBE。家のPCで聞いた。実店舗いくのめんどいしアマゾンで買えるからアマゾンでいいや。ここで、アマゾンを知らない人は実店舗いくからネット通販と実店舗はまだイーブンかなぁ。

この時にスマホが出てて、実店舗で試聴機にはないものをその場でYOUTUBEで聞いてれば実店舗がほんの少し延命できたかもしれない。その場にあって、アマゾンを知ってても在庫あるなし検索の手間がいらないのだから。

レコ屋にいってでしか聞けない。から増えた、試聴できる手段。時間を気にせず何度でもだ。

しかし、YOUTUBEだと読み込みが長い、ループできない、次の曲いちいち設定。これが面倒くさい。だけど、YOUTUBEで聞くことによって価値観が増えた。実物じゃなくてもよくね?歌詞カード別にいらないや。ググったら出るし。iPodやPCに入れてYOUTUBEで面倒くさかったことが省かれればいいや。MP3でよくね?

アイチューン勝利。

それとそれと着うたは音大きくすると音質悪いし、曲ってスピーカーで聞きたいじゃん。という経緯をもってレコ屋から離れていたし、年とって新たに掘り起こすの減った。音楽業界衰退とはずーと聞いてますが、別に音楽を聞かなくなったのではなく他の手段で聞いてますよってことで終了。

今後若い人は、何が音楽を聞く時に当たり前になっているかが重要。ネットでしょ。今CDを買ってないのだから今後生まれてくる人たちの当たり前はつべ、ニコニコ、あいちゅーん、MP3なのだからCD買わない。年寄とると新しいものを聞かず、昔聞いてたものしか聞かないのでCD買わない。

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なのでレコ屋はもういっそCD置くのやめればいいのに。

衰退していくだけなら、スパッと諦めた方がいいと思う。CDは一切置かずに、iPadみたいなの置いてそこでしか見れないPVやライブ映像やアーティストのコメント(できれば動画)が見れつつの試聴。曲のダウンロードはその場で出来る。提供するものを変えればいいと思う。曲を買うってのは他でもできるんだから。

多すぎるアーティストや曲から、オススメを抽出する場であってほしい。ネットって多大な情報があるといっても、広すぎて深すぎて何を調べていいかわからないんだ。それに、新たに知りたいからグルグルつべで時間過ごすのももったいない。

店員は少数。接客ではなく、試聴でき映像も見れる機器のメンテやお客さんへの使い方の説明がメイン。機器がiPadみたいなの想像すると大幅に場所があくのでカフェでもいいんじゃね。ただし、重要なのはここでしか見れないもの。動画や手書きコメやらサインやら。好評なら円盤で。

聞くだけの空間を諦めて、見て楽しめる空間にすればいいと思いました。おわり。

 

 

※追記 スペースもったいないので、グッズおけばいいかなと思えた。アーティストのグッズ。それに握手券つければいいよもう。

 

 

 

 

 

 

 

映画「桐島、部活やめるってよ」 感想

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基本的に実写邦画って劇場で見ないんですが、Twitterでチラチラ賛美の声が上がってるのを見て、こりゃ見てみましょうかってことです。相変わらずネタバレ当然でいきます。

wikiから引っ張ってきたあらすじですと

男子バレーボール部のキャプテンだった桐島が部活をやめることをきっかけに、同級生5人の日常に些細な変化が起こる。

 

以下感想。

一応原作は既読なのだが、2年前でしてほとんど覚えてない。覚えていることは、桐島本人は出てこねーえーということだけです。

見ている最中は、まぁーラスト前まで大きな盛り上がりもなく退屈な映画だなぁという印象でした。なんど足組み替えたり体勢変えて見ていたか。目を引く劇的な出来事がないので、前のめりなんてなりゃしませんでした。いやいや桐島辞めるってことがーってツッコミはありますけど。

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ほとんどの人が触れるであろうスクールカースト制ですが、こいつは俺だ!ってのを見つけて語るのが一番いいのかなぁ。好きなものがあり、好きなものが同じもので集まり周りから下に見られている自分やら、リア充な自分やら、リア充にあわしている自分やらですかね。

見終わった感想としては、どこにも俺はいねー。映ってねー。焦点合わされてないモブが我々(このブログを読んでいるあなたも勝手にいれこむ)にしかならねーでしょ。

 

現状の自分の立ち位置だとアニオタなので映画部の人達に属されるのだろうけど、高校時代の自分を振り返ると映ってない人達にしか当てはまらない。休憩時間机につっぷしているような種族を馬鹿にはするが、セックスや彼女のこと話したり運動神経抜群(その集団で上位3%ぐらい)の人達を羨む人が自分だ。

だから、高校時代の視点で見るとプラミッドの一番上と一番下から取り出されたキャラ達に感情移入しづらいが、あーあーそうだよねーそういうことあるよねーと会話や出来事には納得するものばかりであった。

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放課後の教室で複数人で話していて端っこにぼっちでいるあの空間や、話聞かれてんじゃね?と話してる最中、ふとぼっちの存在に気づくってこと。あるよあるよそれ。んで、話聞かれてんじゃね?という発言も本人に聞こえてるんだろうよ。それに席外したら完全にどっか行くのを確認もせず、ぼっちのことディスって誰かがまだ完全に離れてないから聞こえてるってーって会話はさみ、いや聞こえてねーしょて返すのもあるよあるんだよそれ。

桐島の不在とラスト前という特質な点を除き、劇的な出来事を入れることをしない物語のせいでリアルすぎだよなぁという思い。会話一つ一つも、セリフって感じがしない。最近の子から出る言葉だって伝わるよ。よく映像上で出る高校生のリア充って、授業中やHRで先生の発言にツッコミいれてるって表現が目につく。そういうのなくてホント良かった。

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(この後、映画とはあまり関係ないこと語っているので、次の画像が来るまで飛ばしてもいいんじゃね) 

映画部のやつでいうと、神木君の横にいたあいつ。良かったよー。もうキャラが終始、いるいるwwwそいつwwであるあるネタの感想にしかならないのだが、本人の前では言わないけどリア充どもを馬鹿にするってやつね。

あの時期ってのは、頭がいいより運動神経がいい、面白い、カッコイイが上なんですね。日陰にいる自分を肯定するためには相手を否定するぐらいしか方法が手っ取り早いんですよ。映画部の子でいうと、運動が出来たって将来なんの役にも立たない。こう考えればいくらだって上の人達を否定出来る。オリンピックいけるわけでも、会社で体育があるわけでもない。

じゃあ、自分達は?ってことは目を向けない。自分がアニオタでネット入り浸りだし社会の下の方だと理解しているとわかる。例えば、リアル店舗よりネットで安く物を仕入れたり、スマホ、PCの扱いだったりテレビが報道しないネットの真実()とかに詳しくなる人達がいる。で、リア充はそういう知識がないから馬鹿にする。

それは、リア充が游んでいる合間に費やした自分のリア充が得られない知識を肯定したいからなんだと思う。合コンやらレジャーに複数人で遊び行ったり飲み会に行ったり出来無い自分を肯定するためには相手方を馬鹿にして否定するしかないんですよ。

でも実際、得られた知識でリア充と比較しても年収面で大幅な差もないし、何せ彼らは知らない情報自体はないことになっているのだから損してるなんてこともなかったことになっているのだ。

 

あー悲しい!悔しい!そんな事実に目を向けたくない!Facebookなんて、飲み会やら子供やら楽しい自分、見られたい自分しか出してないくせにツマンネー!それの何が楽しいの!自分知ってほしい病うぜーーー!って馬鹿にしてるのも羨ましくて仕方ないけど馬鹿にさえしてれば、それが出来無い自分ってことに目を向けなくていいじゃないか!

ハイパー映画と関係ない脱線しまくりですし何か日頃の言いたいこと言ったったでーでスッキリしたんで後は適当に流していきます

 

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神木君が映画館でばったり出くわして、おっ!俺のこと覚えてくれてた!もしかして・・・ってなってノボセてる後に、実は彼氏いましたー展開は素晴らしかった。この黒髪美少女って所に童貞マインドを惹きつけるズルさ。彼氏がいるのを周りに知らせてないのがまたいいよね。この映画一番の残酷な部分って感じ。そうなると、ゾンビに食わせるしかないよねー。

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後は、桐島とは何だったのか問題ですかね。正直よくわからない。原作も覚えてないし答えでてないんすよ。ここと、終盤の解釈って人によって色々別れると思う。

とりあえず、野球部を辞めた子と桐島が辞めた理由は、何やっても出来る自分がいたが打ち込みたい分野に自分より上の存在がいることに嫌になって辞めたんじゃないかなぁと思う。何やっても出来る自分は天才だと思い込んでるが、ホンモノの天才を知った時にモチベーションが保てなかったからじゃないかなぁと思う。というのも、神木君が自分は映画監督になれないことを知っていたから所から。

その分野の全体像を知り上には上がいることに気づくとやるせないんじゃないかね。でも好きなことと繋がりたい。そんなんかなぁーと。

あとあとー、屋上のシーン入った辺りの第一印象は吹奏楽部がBGMの役割して8mm回す神木君が監督で、どうや!お前ら小規模な所でしか光があたらない体育会系を映像化してみんなに見せて、BGMで盛り上げて、お前らを面白くしてやっているのは俺ら文化系なんやでええ!!どやどや!!他の人達にお前らみたいなもんを伝えるのは、結局俺ら文化系のちからが必要なんや!面白くしてやってるんや!って感じがしました。

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最後に、全体としてそんなに良かったか?という感想で今は落ち着いている。見る前は絶賛されてるしスゴイんだろう、わかりやすいだろうと思いだったがイマイチ消化不良だ。自分が分からないんだけど映画通の人にはわかる素晴らしさがあるんだろうと思っていた。

実は、この感想書くのもかなり憚られた。というのもみんな(この場合のみんなは大衆ではなく、映画好きのみんなだ)が絶賛しているもの、頭いい著名人が絶賛や評論していると自分の教養のなさや評論ができないことを知っていると、その人達以上のものはこの頭から出てこないし面白みもないと思っていたからだ。

映画は好きだが、たくさんの映画を見ているわけではない。一般人からしたらけっこう映画見てるねと評価されるだろう。ただ、自称映画が趣味ですなんて言えやしない。自分をどこと比較して、言えるかって難しい。Twitterで映画好きをフォローしていると知識量が違いすぎてとてもじゃないけど映画が趣味ですなんて言えない。

ただ興行収入上位の映画やテレビでやる映画しか見ない層からしたら、詳しいねなんて言われたりするのだ。自分の好きなものの上の層を知っていればいるほど、それが趣味ですって名乗るのが恥ずかしくなってくる。

感想書くにあたり、ちょこちょこ他の人の感想見ると消化不良のよく掴めない霧の状態だったのが形付けられていく自分の感想にホッとするようでもあり、他の人の感想から無難な感想、自分なりの切り口というものを探す後出しジャンケンな自分がいたのを発見し嫌になる。

周りの評価が気になって仕方ないのだろうか。みんな(大衆)が褒めているのは疑って見て、みんな(映画好き、自分より上の知識量でその人達は信頼できると思い込んでいる)が褒めているものはとりあえず自分も褒めなければならない。

 

あーまだまだっすねー

 

 

 

 

映画「おおかみこどもの雨と雪」 感想

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時をかける少女がダイスキなので細田守監督作品ということで見てまいりました。例によって、ネタバレが必然です。あしからず。

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率直な感想を述べると、中途半端な年齢、環境で見てしまったなというものです。当方27歳でございますが結婚はしてないし、ましてや子供はいない。なので親の気持ちというのは理想が大半を締め、実際はよくわからない。

子供の頃の気持ちを思い出すにも、やや昔でたぶんあーいうこと思ってたんだろうなぁという不確かな感情の発露でしかありません。

ただそういう中途半端な立ち位置になってしまった時、自分がコンテンツの感想を述べるには誰かに感情移入した場合、周りの登場人物からはどう見えるかという立ち位置変更をするので結果的にはよかったんじゃね?という立場です。

 

とりあえず、グッと来たシーンの羅列でお送り致します。いたしまーす。

序盤は母親の花が「彼」こと「おおかみおとこ」との出会いから始まります。彼と話、帰りのスーパーで買い物をするシーンがあるがここで花は、人参3つ入っている袋を最初に手に取りその後に単品の人参を手に取る。

もう、こういうのたまらなく好きです。一人暮らしをしていて材料を使い切れるとは思えない3つ入りを手に取るはずがないんです。彼と出会ったことで一人分じゃなく、つい二人分を計算してしまった恋した女の子にグッと来た。かかっかかわえええじゃないっすか。

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実写画像に他意はございません。偏屈じじぃとか思ってません。

 

次に、田舎もんとしての車感。車自体全然詳しくないんですけど。当たり前すぎて他の人にはしょしょ初歩すぎるのでございましょうが、あまり映画を見ない自分としてはオッと思った所は、偏屈じじぃが畑の様子見をし去っていくのですが当然農作業従事者としてメルセデスa.k.a軽トラを使ってます。

ここの音が軽トラはミッション車なのでしっかり1速から溜めてー2速ーんで3速ーという音の動きをしているのです。走りさって2速入れる頃には見えなくなっていますが、田舎は基本的に静かで車エンジン音がものすごく響きます。なので見えない距離まで離れても3速入れるまでの音がしっかり聞こえます。

それと花のママ友の車のチョイスもあーそうだわーという感覚的なものがあります。たしか日産のキューブともう一台はなんかだったと思いますが、田舎でキューブってものすごく浮くんですね。如何にも若者が乗ってますって記号です。いや、キューブって若者向けじゃんとツッコミは当然なんですが、若者の数が少ないため中々見ない。それで浮いちゃうんです。

一番いいシーンだなぁと思ったのが、雪と雨が学年が上がってくシーン。YouTubeで、ワンカットで人の一生を流す動画があったと思うのですが、それに似て横スクロールで雪の教室と雨の教室を映す。これは田舎の1学年1クラスという点を上手く使ったもんで、単なるスキの前倒しなんだがうわぁ!うめぇ見せ方!の一言です。標語みたく、一年生はナントカナントカ元気!で二年生はみんななかよくだったかな?

ここもっとよく見れば良かった。そういや雪の入学式では田舎にしちゃ全校生徒けっこういるんじゃね?と思った。田舎もんって子供出来るとその場に留まり転校はあまりなくて転入はほんの時々ある。若者少数+少子化なので、学年が下がるごとに人数が減っていくものだがどうだったかちゃんと見れてなかった。

 

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そろそろ本編の流れに触れていかないと。見終わった後、特段こりゃオカシイだろ!とツッコミはなかった。サマウォのヒロイン空気とかみたく。なんか、時かけ、サマウォ、今回のおおかみこどもと完全ハッピーエンドじゃなく失っているものが前面に出てしまう。

時かけだと、マコト自体は千秋とはもう一生逢えない。サマウォだと、おばぁちゃん死んだ。おおかみこどもだと、父親が亡くなり、息子はおおかみの選択肢で出ていく。でも、時かけは千秋が見たかった作品が復元されて作品自体で千秋と逢い、サマウォはクソリア充になって、おおかみこどもはいつか来る巣立ちで、と成長があったり感動はあるんだが、失ったものデカくね?

雨が10か11歳で家を出ていく、雪は中学生になり寮へ。あまりにも早い。花カワイソスギ・・・と思った所で、自分が小学高学年、中学生ってどうだったかを思い出すと、いや俺もうオトナっすから。一人で生きて行けますから。ちょっと、あんま俺のことに構わんといてもらえますかね。という態度だったと思う。思春期っすね。

雨はオオカミの年齢でいうとオトナだし、花自体もオトナの年齢だからこそ出産や子育て、移住地を変えるなどの決断を一人でしたんだと思う。ここで、花の親の存在感が皆無なのがこの母親あってこの息子があるんだなぁと説得された感じ。

 

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そういや家族が影響しあってないという批判を見た。

雪は学校の友達に影響を受け、他人との違いを恥、人間としての選択を取る

雨は学校に行かず、山の主である狐に影響を受け、オオカミとしての選択を取る。

家族物として見れば確かにそうだ。見る前自分は家族もんとして劇場で座った。見終わった後のざっくりとした感想も。だが他の人の感想を見ると変わった。

知っている情報はオオカミ男に恋して子供産んで、花が子供二人抱えている絵だけだ。なので、映画の着地点はオオカミだとバレないように隠れながらも頑張って生きてます!程度のノホホンとした物だと思ってた。二人の人間か狼の選択で着地するとは思っていなかったのだ。なので、人生の長いスパンとして考えるといつかは家を出ていくのだから、

おおかみこどもの雨と雪は人生

だと言わざるをえない。キリッ

CLANNADは、子供が生まれて育てるまでの人生だが、その子らが巣立ち一人で暮らすまでの人生なのだ。キリッ

 

言いたいこと言えたので、またざっくり羅列すると家族もんとして終わらない着地点にするのなら影響は家族ではなく周りの人間でいいんじゃないか。家族だけの影響だと外へ出て行かない。

寂しかったのはラスト、雪と雨の部屋が勉強机に誰も座ってない空間がとても寂しかった。

雪が女の子らしさってのを周りから知っていたが、じゃあ宝石箱とか女の子らしいスキなものは女の子だからスキじゃなく親から教えられたり他人からそういうもんだと知らされるからスキなのかなぁとか、

父親が死んだシーンの「雨」のザーザー音が大きく凄く不安にさせられ、雨が鳥捕まえるて覚醒めるのは「雪」が降った日だとか、雨が巣立ちする時は台風の「大雨」の中だとか。と考えると生まれた天候を名前に付け、雨と雪と離れ離れになった花は生きている中で訪れる天候で思い出し共にいるような感覚で家族であると言えなくも(うにゃうにゃ